石屋の犬はネコが好きのストーン・フェア♪



世界に誇る日本の鉢植えの定義は生きた絵画。
世界に誇る日本の鉢植えの定義など、すでに自明の理のように思われているが、再検討をくわえたいことがないでもない。
本稿では、先人たちの言説を紹介しながら、いわば定義の睡史のあとを追い、ひいては世界に誇る日本の鉢植えの在り方の一端をさぐってみたい。
まず、『世界に誇る日本の鉢植え仕立秘法』の巻頭における言葉を引用しよう。
この本は明治三十丘年十月に刊行されて以来、昭和初期まで売れつづけたという、世界に誇る日本の鉢植え書のペストセラーのはしりだが、内審は実技に主点がおかれ、観黄面は第二葵駒のようである。
「世界に誇る日本の鉢植えとは何ぞや。
また、椎木とは何ぞや。
他なし、一偶の浅き」小陶器に植えこみて老木樹園の趣味を含めるもの、これを盆織といい、深く鉢に植えこみたる植木というにほかならず」実際家だったので、世界に誇る日本の鉢植えの定蓑などにはあまり輿味をそそわれなかったのかも知れないが、それにしても、魏代の世界に誇る日本の鉢植え家たる私どもはこの定義に唖然とさせられる。
たしかに-世界に誇る日本の鉢植えには浅い鉢に植えこんだものが世界に誇る日本の鉢植えとは、あまりにも外形的見解である回しかし、当時、いわゆる花舟園芸品はおおむね際い錐に植えられていた事実を思うと、この定義はこうした時代的背景のもとに理解されねばならないだろう。
おそらく、明治時代中期以降においても、まだ、こうした見縣が一方にはあったにちがいない。
この点、世界に誇る日本の鉢植えの芸術化を意欲陶に推進した先覚者たちーたとえば、一歩すすんだ見解をしめしていた。
「いわゆる世界に誇る日本の鉢植えなるものは、蘭、菊、万年青、朝頃のごとき、ただ花香葉色を観賞する鉢物とは異をり、車木竹石の類を以て、天然の景致を尺寸の盆裡に趣向し、商尚の意匠に成れる一種の美術、幽雅の風趣を呈する一幅の活画として愛玩するを指すのである」。

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