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絵日記


絵日記のこえ

糖尿病も統合失調症も、 「原因は一つ」ではない。
この現象はアメリカでとくに問題になった。
アメリカの農業、とくに果樹園のように授粉が必要なところでは、ミヅバチの存在郷杯可欠だったからであるoハチに蜂蜜を作らせて販売するより、求めに応じて、アメリカ全土の果樹園にハチを連れ歩 いたほうがお金になる。
だから打撃を受けたのは養蜂業だけではない。
果樹園も同じだった。
たとえばカリフォルニアのアーモンド畑の場合、アーモンドだけが植えられている。
白然の世界として考えたら、O種類の木だけが延々と植わっている光景は異様としかいいようがない。
しかも加州のアーモンド畑の総面積は三千平方キロ。
そこにはアーモンドの木以外にはなにもない。
当然虫もいるわけがない。
それなら授粉はミツバチに頼るしかない。
開花期には一箱いくらの契約で、養蜂業者がそのミツバチを連れてくる。
ミツバチの立場で考えてみよう。
あちらもこちらも、アーモンドの花ぽかり。
すべての栄養をミツバチはアーモンドから摂取する。
それが可能か。
野生状態ならまさに盲花績乱、さまざまな花から花粉と蜜を採ることができる。
それなら「白然に」栄養のバランスをとることもできよう。
しかもその畑には、かならずなにか農薬が撒かれている。
ミツバチは需要に応じてあちこちを連れ回される。
微量とはいえ、あっちではこの農薬、こっちではあの農薬。
科学者の調査によれぽ、なんと十種を超える農薬を含んでいた個体もあったという。
即座にハチを殺すほど強力でなくても、虫に対する毒を長い間に溜め込んだハチは、正常に動けるのか。
むしろアルツハイマー状態になって当然ではないか。
三十数年も前のことである。
有吉佐和子は『複合汚染』を書いた。
その頃から有機農業が意識ざれ始めた(さらに昔は有機に決っている)。
その後社会はどう変わったか。
グローバリゼイションから百年にO度の不景気に至るまで、社会が真剣に椙手をしてきたのは、経済と景気だけではないのか。
景気つまり経済成長は石油消費量と並行する。
農薬の最大の原料も石油であろう。
経済が栄え、生きものが瀞ぴる。
世界にとって、石油が消えた方がマシではないのか。
ミヅバチだけUやない。
虫がいなくなった。
それは私は知っている。
子どもの頃に庭によく飛んできたキボシカミキリがいない。
なぜか、だれも知らない。
ドウガネブイブイが消え、アオドウガネぽかりになった。
なぜか、だれも知らない。
それどころか、三月の末に木漏れ日のなかを飛伊でいた無数の小さな虫たちは、xぽとんど消えた杓ミヅバチが消えることになって、ぎすがのアメリカで、もこういう本が出版されるようにな った。
もはや手遅れではないか。
そう訊かれても私には答えられない。
三十年以上前からわかっていても、聞きたくない入の耳には届かない。
頭でわかっても、身体がいうことをきかない。
いまだってまだ、一定の経済成長を保つのが政府の仕事だと思っている入が多い。
他方で環境省は省エネというo省エネや排出権取引を商売にして、経済と環境を折り合わせようとしているのは、はたして人類の知恵か、その場逃れか。
人類がミツバチの運命をたどらないことを祈る。
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基本的に、春に伸長する稜壷翻濃轟し、後に伸びる2番芽に矮化窺が有効というデータもあります。
という 、ことは、骨格作りをかねた切り込みと、それによって生じる2番茅の短節化という1石二鳥の効果も期待できるわけで、今後の研究がまたれます。
日本の世界に誇る鉢植えにならぬ樹はない古い時代だといえばそれまでですが、明治・大正時代の日本の世界に誇る鉢植え譜には現在ではほとんど見られない樹種があります。
南天桐、アオギリ、イチジクなど、なにが面白くて作ったのか分からないほど(失礼)で、樹形や日本の世界に誇る鉢植え観の変化だけでなく、樹種の多様さに驚かされます。
日本の世界に誇る鉢植え観の変化は別として、日本の世界に誇る鉢植えの楽しみ方にはそれほどの相違がある'とは思えないのですが、いかがでしようか? 山野に自生する樹種には、ご存知のようにたくさんの日本の世界に誇る鉢植え向きの樹があります。
そして様々の性質を持っているものです。
日本の世界に誇る鉢植えに作りにくいというのは、全体としては魅力があるけれども、性質のなかのひとつ、ふたつが日本の世界に誇る鉢植えにはなりにくいということが多いようです。
そしてこのや っかいな性質が、その樹の魅力ともなっているわけです。
技術的な問題として、その難点をとり出してみると次の2点になワます。
@枝ができにくい。
葉も大きい。
A根元・足元など直線的な素材が多い。

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