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絵日記


絵日記のこえ

その他の遊牧種族との長期にわたる争いで、かれらもまたカナンの古代種族の牧場を荒らしたのち、モーゼは、かれに従う人びとのために新しい国の建設にとりかかった。

かれは当時、史上最強の軍隊、すなわち、六〇万三五〇〇人の戦士を擁していた。

はじめにミデアン入[北アラビアの漂浪種族]の土地が侵略され、その戦利品はすばらしかった。

「そこでその獲物、すなわち、いくさびとたちが奪い取ったものの残りは羊六十七万五千、牛七万二千、ろば六万一千」(『旧約聖書』「民数記」==章三ニー三四節)であった。

これらの動物の群れによって、ユダヤ人は現在のエルサレム[ユダヤの首都]とサマリア[パレスチナの一州]であるヨルダン東部に家畜飼育基地をつくった。

ここを中心にして、 ヨシュア[モーゼの後継者]は数かずの戦いのすえ、地中海沿岸までの全土を征服した。

三三の都市の住民たちは皆殺しにされて、その家畜は勝者のものになった。

「これらの町のすべてのぷんどり物と家畜とは、ユダヤの人々が戦利品として取ったが、人はみなつるぎをもって、滅ぼし尽し、息のあるものは、ひとりも残さなかった」(『旧約聖書』「ヨシュア記」一一章一四節) その後の戦いでも、同じように家畜の群れと牧場の略奪が中心になった。

ペルシア人は周辺にあるすべての牧草地を、かれらの帝国に併呑して、民衆から税金として家畜を取り立てた。

ローマ人もまたエトルリア人とまったく同様にふるまい、それはイベリア人やゲルト入へと受けつがれたSである。

ゴート人はゲルマン人やケルト入のウシを奪い、のちに古代スカンジナビア人は同じ理由で英入、フランク族やフリースランド人を侵略した。


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ムラサキシキプ 山野によく自生するクマツヅラ科の落葉低木。
白生ではほとんどが株立ち状になっています。
なかなか風庸がある樹種ですが、山採り樹ではよい素材に出会うことはまれです。
庭木などで太幹の素材を見ることはありますが多くは曲などの面白味も少なくコケ順を持つ個性はさらに珍しいものです。
山採り樹ではどうしても切断した幹の処理が問題となりますが、ムラサキシキブはヤケ込みが入りやすく、その点でも難しいものです。
写真の素材は畑作りしたもので、技術的にも高度な作品です。
幹の径は5p近くあり、逆に枝は細く押さえられています。
花は6月から7月にかけ、新梢の葉腋に咲きます。
葉は対生ですので両側に付きます。
枝の先端部に多く付き、長く伸びたものでは基部近くまで咲くことがあります。
蕾は短い花硬の先に5〜10個も付き、短い花期閲を経てほとんどが実にな12ます。
ム考斗キシキプ意樹勢さえあれぜよく枝を出し、しかも実成りも早いものです。
若樹のうちから綱幹でヤナギのような作りに仕立て、びっしりと実をつけた鉢植えをよく見かけます。
このように、実付きという点ではさほど苦労するところはありません。
問題点としては、株立ち樹の性質上、根元付近からヤゴ芽が吹き、長く置くと主幹が弱まることです。
見つけしだいにかきとり、幹の保護につとめます。
胴吹き芽の発生も盛んで、不要な枝は早めに処理します。
実付きのための勇定での注意点は、落葉後に枝の基部2〜3節を残して切り込むのがよいようです。
前述の通り樹勢があれぱ芽吹きは大変によい樹種ですので、そこから翌春伸長した枝に花芽がとまります。
小品のムラサキシキブは、梅モドキと双壁といえるものですが、枝が間伸びするなど、作りにくい面があり数は少ないものです。
前述のように実は新梢の先端付近によく付くので、枝もつい長く作りがちになるのかもしれません。
しかし実をある程度無視して、芽摘みと切り込みをくり返すと意外によく小枝もできるものです。
実をつけた枝は、深く切り戻し、萌芽させて作り直していきます。

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